エボラブルアジアは、開発コストや管理業務のコスト高に悩んでいる企業の課題を解決いたします。

人とは違う人生を、切り拓きませんか?20代でベトナムに飛び込んだEVOLABLE ASIA岩淵由香理インタビュー

海外で働きたい!

そう考える若者は近年増えていますが、
「日本で就職をして、海外に出張や駐在として出て働く」だけが海外就業ではありません。

近年、海外志向の若者から注目を集める、「海外就職」。
海外で働いてみたいけど、現実味がない。駐在として出て行くのはいつになるかわからない。。

そんなあなたの不安や疑問を解消すべく、
「20代海外就業」の一人として現在EVOLABLE ASIAではたらく社員をご紹介します。

==プロフィール 岩淵由香理==
EVOLABLE ASIA顧客サービス部門マネージャー。
2011年に日本語教師として渡越、2012年の入社から現在まで、
お客様満足度・従業員満足度向上のため努めている。

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ー現在のお仕事内容を教えてください。

お客様と社員が楽しく快適に働ける環境をつくるのが私の仕事です。
主に駐在されるお客様のサポートと総務を担当しています。

お客様に対しては、お客様からの生活面でのご質問ご要望にお応えしたり、異国で働くという事にストレスを感じない環境作りを心がけています。
社員に対しては、働きやすく、楽しく働ける環境づくりに努めています。そのために社内イベントを入社から継続して企画や運営をしてきましたし、常にスタッフのためにどうしたら会社が楽しくなるか、考えています。

ベンチャー企業なので、日々の業務は変化し、刻々と増えていきます。2年前とは考えられないぐらい、担当する業務は多岐に渡っています。

ーベトナムで働くことになったきっかけは何だったのでしょうか?

大学卒業後は地元の日本語学校で日本語教師をしていました。

就職して1年で、出身大学がホーチミン私立フフリット大学の日本語学科と交換留学制度を締結した際、フフリット大学で日本語を教えてみないかと大学時代の恩師から声をかけていただきました。大学では日本語教師養成コースを専攻していて、そのコースが出来てから新卒で担任を持つ日本語教師になったのは私が一人目だったんです。
初めてホーチミンに来ることになったのは、大学の日本語教師として赴任が決まったからですね。

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ーもともと海外志向だったのですか?

そうですね。元々外国人と友達になったり様々なバックグラウンドを持った方々と関わるのが好きでした。大学では英語と日本語教師養成コースをダブルメジャーで専攻していました。

日本語教師になったのも、英語をビジネスで使うというよりは、外国人と近い位置で日常的にお話ができる仕事がしたかったからです。

在学中にアメリカへの交換留学も経験しましたし、将来はアメリカで日本語教師になりたい、という夢も持っていました。

ーベトナムに初めて来る時、不安や心配は感じませんでしたか?どういう思いや決意をもってベトナムに来られたのでしょうか?

お話をいただいてから、ベトナムに来ようと決心するまでは結構悩みましたね。

ベトナムはメコン川と三角帽子とほこりが舞う道路というイメージでしたし、
当時フフリット大学から提示されたお給料は月400ドルでした。これでどうやって生活するんだって(笑)

しかし、当時のアメリカで日本語教師になりたいという夢を実現するには、やはり海外で日本語教師としての実務経験を問われますので、経験を積むつもりで赴任に踏みきりました。

視察を兼ねて赴任の2ヶ月前にベトナムを訪れたのですが、前任の日本人の方の様子を見て、私にも生活ぐらいできるだろうという印象を持ったのと、その時にはもう仕事を辞めていましたので、既に視察の時にはもう後には引けない、と腹をくくっていました(笑)

ー初めてベトナムに来られたとき、仕事や生活はいかがでしたか?

仕事面では、前任の方が独自のやり方で授業をされていたので、マニュアル的なものは何もなく、一から作り上げなければならなかったところが大変でした。
私の担当の生徒たちは絶対目標の日本語能力試験に合格させたいという思いでがむしゃらに頑張って、前年は合格者が20人中2人だった中、私が赴任した1年では20人中12人が合格することができました。

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ーはじめはずっとベトナムで仕事する予定ではなかったと思いますが、なぜベトナムに残りEVOLABLE ASIAに転職することを決意したのですか?

順番的には、ベトナムで転職しようと決めてから、エボラブルアジアに出会いました。

なぜベトナムに残ろうと思ったかというと、理由は大きく2つあります。

まず一つ目は、ベトナムに来て3ヶ月ぐらいで他の日本人駐在員の方々と出会ったことが大きなキッカケです。ホーチミンの日本人駐在員が集まるサッカー部があり、そこにマネージャーとして関わりはじめたことで、一気に人のつながりが増えていきました。
それまでは私の職場は学校ですし、友達も同僚も、生徒もベトナム人。日本人との関わりなんて全く無かったですからね。(笑)
ホーチミンには本当に魅力的で素敵な日本人がたくさんいるんです。そんな人たちとのせっかくできた繋がりを大事にしたい、と思ったことが一つの理由です。

また2つ目の理由は、ベトナムに来て数ヶ月の間にも、すごいスピードでこの街が発展するのを肌で感じ、今、日本に帰ってしまうのはもったいない、もっとこの国の発展を間近で見てみたいとわくわくしたからです。

ーではベトナムに残ろうと決めてから、どういった経緯でEVOLABLE ASIAに就職することになったのですか?

転職活動をしていた当時、サッカー部繋がりの集まりでたまたまソル社長に出会って、明日面接しない?って声をかけられたんです。

その当時エボラブルは10人ほどのとても小規模で、始まったばかりの会社でしたが、ソル社長が他にお会いしたどんな大企業の方とも圧倒的に違ったのは、「社員への思い」です。
ソル社長は一回目にお話したその時から、従業員が幸せと思える会社にしたい、という思いを真剣に語ってくれました。

それですごく心を打たれて、この社長と一緒に働きたい、と思ったんです。

また、日本語を教えるという仕事にはもちろんやりがいを感じていたので、入社したら従業員への日本語教育を担当させて欲しいということを話し、エボラブルとソルテックに兼務で入社することになりました。

ー今、EVAで仕事のやりがいを感じるのはどんな時ですか?

普段から、お客様と従業員が楽しく働けることを第一に考えているので、やっぱり一番やりがいを感じるのは、
お客様にありがとうという言葉をいただいた時、またエボラブルっていいねって褒めてくださった時や、
スタッフがイベントで楽しんでいる様子、お客様とのやり取りが上手くいっている様子を見たときです。

インターン生やお客様が、エボラブルで一定期間過ごし、
日本に帰る時に、ベトナムが好きになったとか、楽しかったと言ってもらえるとすごく嬉しいし喜びを感じています。

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ーベトナムや日本が、どんな社会になるのが理想ですか?

ベトナムで頑張っている、夢を持っているベトナム人、また努力した人が報われる社会が私の理想です。
エボラブルアジアの事業は、優秀なベトナム人と優秀なエンジニアを必要とする顧客のニーズがマッチしていると思うので、理想に近づく一歩だと思っています。

この考えは、ソル社長にかなり影響を受けてます(笑)

ベトナムは産業や都市の面ではまだ発展途中かもしれませんが、人柄や生き方を見ると日本人よりもやる気や成長意欲があるし、逆に私たちが日々彼らから勉強し、やる気をもらっているんです。これはベトナムに来られたお客様みなさんがおっしゃいます。

そんな素直で勉強熱心なベトナム人と協働し、これからもより多くの企業様の役に立つため、従業員のために、頑張っていきたいと思っています。

ー今後のキャリアプラン・ライフプランをどう考えていますか?

大学時代にアメリカ留学を経験し、20代前半から今までをベトナムで過ごしてきて、
海外と関わることが多かったので、この先結婚や出産を経ても、
常に世界に目を向けていきたいとは思っています。

ー日本の若者にメッセージをお願いします。

私、昔から強く意識しているのは、人生に後悔のないよう、
明日死んでもいいと思う生き方をしたいということです。
私が400ドルの給料でもベトナムに来ようと決心したのは、日本で働くのとは別次元の経験が出来ると思ったからです。

人と違うことをしたいとか、人生の中で何かチャレンジしたいとか、新しいことを自分で切り拓いていきたいとか、後悔したくないと思う人であれば、若い若くないに関係なく、海外就職はひとつの手段だと思います。

まだ学生なのであれば、インターンという形で一度海外に出てみることをおすすめします。
エボラブルアジアが積極的にインターンを受け入れているのも、インターン生が新しいアイデアやフレッシュな風を会社に吹き込んでくれることで会社にとってもプラスの影響を与えてくれることを期待しているのが一つの理由です。
またインターンという立場が身軽な時に、社会人になる前に働く楽しさを経験してほしいと思っています。

ベトナムという急発展中の国に身をおいて、国全体の活気ややる気を体感できることもおすすめする理由です。

 

大崎 沙世

2014年9月から約半年間、エボラブルアジアでインターン中。 関西から来た大学4年生です。